2010年7月3日土曜日

Amazon.com新本社キャンパス

5月末に初出勤してから、早くも1ヶ月が経ってしまいました。新しい仕事環境で学ばなければならないことがたくさんあって、毎日があっという間に過ぎていきます。

South Lake Union
そんな毎日を過ごしている私のオフィスは、シアトルのダウンタウンの北に位置する、South Lake Unionにあります。現在Amazonはここに11の新本社ビル群を建設中で、私のオフィスがあるビルをはじめいくつかのビルはすでに完成しています。


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Amazon新キャンパス
以下の写真が私のオフィスのあるビルです。Amazon Web Service関連のエンジニアはほぼ全員このビルに集結しているのではないかと思います。
このビルの裏に、とても背の高いビルを現在建築中です。これもAmazonのオフィスビルになるそうです。
真向かいにもAmazonのオフィスビルがあり、それらのビルに挟まれるようにVan Vorst Buildingというシンボル的なビルがあります。このビルには大きな会議室やロビーがあり主にイベント等に使われています。私の所属するチームのミーティングもこのビルで行われたりします。
「Amazon.com」の看板いっさいなし
ちょっと面白いのは、このキャンパスのどこにも「Amazon.com」の看板が一切ありません。おそらく、これらのビル群がAmazonの新本社ビルだということを周りの人は知らないんじゃないかと思います。実際、前回紹介した旧本社ビルにも、入り口のドアの上に目立たない同じ色で「Amazon.com」と書いてあっただけです。また、「Amazon.com」と書いてあるTシャツを着たりするような社員は一切いません。

インターネット時代を代表するIT企業の場合、本社キャンパスに目立つ看板があったり、社員が会社名の入ったTシャツを着たりしているのをよく見かけますが、Amazonに関しては違います。会社の方針として、レターヘッドや名刺等に対してもコストをかけない、というようなことが示してあったような覚えがあります。Customer Centric Companyとしてコスト削減の努力を惜しまない、といったところでしょうか。

2010年6月2日水曜日

初出勤

先週の月曜日にAmazonへ初出勤し、アメリカでの新しいキャリアがスタートしました。GMUを卒業してしまったので、このブログのタイトルはとりあえず「kojihashi at Seattle」に変えます。(もっとかっこいい名前にしたいなあ)

Pacific Medical Center
まずは午前中に新入社員向けオリエンテーションが、Amazonの旧本社ビル、Pacific Medical Centerでありました。このビルはもともと病院だったそうです。

このビルはシアトルのダウンタウンのはずれの丘の上にあるため、そこからダウンタウンへの眺めがとても素晴らしいです。
午後から配属
オリエンテーションで社員バッジを受け取ったり諸手続きをした後、いよいよAmazon EC2に配属となりました。現在Amazonはダウンタウンの北にあるSouth Lake Unionに新キャンパスを建築中で、上記ビルから本社を段階的に引越しています。私のオフィスのあるビルは既に完成していたので、新築ビル、新しい机、新しいコンピュータで新しいキャリアをスタートすることができました。

まずは慣れないと
人生2度目の新入社員ということで、新しいことばかり。まずは焦らず慣れていこうと思います。

2010年5月23日日曜日

シアトルへ引越し

GMUの卒業式の後、息をつく間もなく5月17日の月曜日に引越し屋さんが来ました。
2008年の夏に渡米してきてから、GMU卒業後にはきっとどこかに引っ越すことになるだろうと、家具その他をほとんど購入せずにいたので、私達の荷物はとても少なかったのですが、それでも上の写真のようなとても大きなトラックで引越し屋さんがやってきました。昼食の際に運転手さんとお話したところ、どうやら同じ足で東海岸を縦断し、3件ほどの引越し荷物を混載して西海岸に向かうとのこと。トラックの大きさに納得です。

上記のように荷物の量はたいしたことがなかったので、3人のクルーであっという間に梱包してトラックに積んでしまいました。とても仕事が速かったです。


アクシデント
毎度のことながら引越しにはアクシデントがつき物。今回は、重要なイベント(アパートの契約等)での支払いに重要な銀行の小切手を手荷物に入れ忘れ引越し荷物に詰め込まれてしまいました。これはまずい、と焦ったのですが銀行に行って相談したところ、臨時の小切手3枚を発行してくれました。シアトルでの新居の契約はなんとかなりそうです。

シアトルへ出発
その日と次の日の夜はワシントンダレス空港の近くのホテルに宿泊し、5月19日の朝のフライトでシアトルに出発しました。このフライトはとても朝早かったにもかかわらず、家が近いからと、妻の友人夫妻が見送りに来てくださいました。最後の最後まで人の繋がりのありがたさを痛感しました。本当にありがとうございました。
 シアトルに着くと、天気予報に反してとても良い天気でした。6月中旬まで滞在する仮住まいアパートはシアトルダウンタウンにあります。レンタカーでダウンタウンまで行き、無事に入居することができました。

新居決定
シアトルに到着した次の日、前もってめぼしを付けていた賃貸物件を何件か早速家族全員で周りました。基本的に、シアトルの東にあるBellevueという町を中心に周り、最後に訪問した物件を家族が気に入ったので、そこに入居することに決めました。Bellevueにはシアトル日本語学校があり、この物件からは車で約5分、私の通勤もバスと徒歩合わせて約30分ぐらいと、通勤・通学にも便利そうです。


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みんな元気
私を含め家族全員、体調を崩すことなく元気にしています。季節の変わり目ということで気温の変化が激しいので体調管理には十分注意して行きたいと思います。ここ数日の気温は摂氏10度前後とまだまだ寒いです。

明日Amazon初出勤
いよいよ明日からAmazonでの仕事が始まります。まずは午前中にオリエンテーションということなので、リラックスして臨みたいと思います。

2010年5月22日土曜日

卒業!

修士論文完了後、シアトルに三日間滞在し賃貸住宅探しをしました。その行き帰りの飛行機の中で研究の構想を練り、ヴァージニアに帰ってから三日で実装完了、三日で研究レポート執筆完了、という突貫工事で、履修していたもう一方のコースを何とか無事に終えることができました。

卒業式
そして、晴れて5月13日木曜日、GMU Volgenau School of Information Technology & Engineeringの卒業式を迎えることができました。

スクールカラーの緑のガウンに身を纏い、一人一人名前が呼ばれるとステージまで上がり、Deanと握手、その後所属する学部のChairと握手してステージから降りました。私のときは、研究プロジェクトSASSYのプロジェクトメンバでAssociate DeanのDr. Menasceに名前を呼んでいただき、私のアドバイザでDept. of Computer ScienceのChairのGomaas先生と握手してステージを降りる、という私にとって身近で最高の組み合わせでした。

自分の出番が終わると、あとはひたすら他の卒業生の儀式が終わるのを待つだけ、ということで正直ちょっと退屈でした。。。

Computer Science Award Dinner
卒業式と同じ日の夜には、Dept. of Computer Science主催のディナーがあり、子供達を友人に預け妻と一緒に出席しました。
Gomaa先生の司会の下、私のGPAが4.0だったということでDistinguished Outstanding Graduate Awardをいただきました。とてもうれしかったです。


最後の研究ミーティング、そしてランチ
卒業式の次の日の金曜日には、研究プロジェクトSASSYの私にとって最後のミーティングに出席し研究の引継ぎをした後、プロジェクトメンバとランチに行きました。Gomaa先生が私のために日本食レストランを予約してくれていました。本当にありがとうございます!

あっという間の1年8ヶ月
2008年8月に渡米して卒業まで、本当にあっという間の1年8ヶ月でした。生活立ち上げ、英語、研究、講義、就職活動と、無我夢中でやってきたので、ワシントンDC近郊の生活をほとんど楽しむ余裕がなかったのが心残りです。ですが、一生懸命やっていないと心が落ち着かなかったので、仕方なかったかなと思います。就職が決まったことですし、これからは普通の生活を楽しみたいと思います。

GMU卒業を迎えることができ、これまで私を支えてくださった多くの方々に感謝の気持ちでいっぱいです。そして、こうして良い成績で卒業できるよう集中できる環境を作ってくれた妻と子供達に感謝します。これからは妻子に対し、普通に人並みの(?)生活ができる環境を提供できるよう頑張っていきたいと思います。

2010年5月4日火曜日

修士論文完了!

先週の水曜日4月28日に修士論文のDefense(発表)をして無事合格をもらい、先週の金曜日4月30日、修士論文を提出完了しましたー!

いよいよGMU卒業間近となりました。5月13日の昼間にVogenau Schoolの卒業式です。Dept. of Computer ScienceのOutstanding Graduate Award というおまけも受賞することになり、その日の夜のディナーに招待されたので、子供達を友人に預け、妻と二人で出席する予定です。

あとは卒業式を残すのみ!。。。と言いたいところですが、実はこの春セメスターにもう一つコースを履修しています。通常の講義形式のコースではなく、研究をして成果を「報告書+実装」という形で提出必要があり、全く成果ができていません!かなりやばいです。このセメスターの前半、就職活動に時間を費やしたツケがどーんとまわってきてしまいました。OPT取得の都合上、絶対卒業しないといけないので、この2週間で頑張って何か成果を出したいと思います。

今週の月曜日から、賃貸住宅探しツアーとしてシアトルに滞在中です。下の写真はダウンタウンにある、私が泊まっている老舗ホテルです。明日ヴァージニアに戻る予定です。帰りの飛行機の中で頑張って上記研究を進めなければ。。。

2010年4月24日土曜日

「アメリカの就労ビザが欲しければ留学せよ」を実行した感想

渡辺千賀さんのブログ「On Off and Beyond」では、アメリカ西海岸のサンフランシスコ・ベイエリア、通称シリコンバレーを中心に、IT分野等における雇用にまつわる様々なお話が紹介されています。その中で、「アメリカの就労ビザが欲しければ留学せよ」というエントリがあります。私は、まさにこの助言を実行し成功したことになります。(おかげさまで、H1Bビザの申請が認可されました)

そこで今回、「アメリカの就労ビザが欲しければ留学せよ」を実行した感想を述べたいと思います。(アメリカの就労ビザを取得する何か別の方法と比較するわけではありません)

大学卒業後に与えられるOPTは就職活動上とても重要
渡辺千賀さんによる上記助言の根拠の中心となるのが、以前のエントリでご紹介したOPTです。OPTは外国人に対し非常に就労上重要な条件、すなわち「卒業後に就労ビザなしでも働き始めることができる」という条件を与えてくれます。言い換えると、外国人がアメリカで就職活動する上で不利な状況をかなり和らげてくれます。最終的には、就労ビザを申請するコストが雇用する側にかかりますが、それでも、まずは試しに雇用してもらい自分の仕事ぶりをアピールできるのは明らかに有利だと思います。

英語の訓練・準備ができて良かった
就労ビザが欲しい理由はもちろんアメリカの会社に就職したいから。となると、もちろん仕事は英語でこなすことになります。やはり、いきなり就職するよりも、修士課程の学生として大学で過ごした2年弱は、とてもよい英語の訓練になったと思います。実際、修士課程で履修したコースでは、一方的に講義を聴講するだけでなく、数人の学生とプロジェクトに取り組むこと必要があります。しかもGMUでは、仕事をしながら修士課程を履修するパートタイムの学生が多いため、そのようなプロフェッショナルと一緒にプロジェクトに取り組むことができました。もちろん、リサーチアシスタントとしてGomaa先生と研究をしたり、研究プロジェクトに参加し他の教授と議論したりミーティングに参加したり、と研究活動においても英語の訓練になりました。

また、会社で仕事をするということは、お給料をもらうということでとても大きな責任が伴いますが、 大学での上記プロジェクト等ではそのようなプレッシャーはありませんし、先生やプロジェクトメンバも「Kojiはアメリカにきて間もないから英語が微妙でも仕方ない」というちょっと優しい雰囲気をかもし出してくれたような気がします。

いろんな人とたくさん出会えた
一般に言えることだと思いますが、大学では出会いの場がたくさんあります。まして留学生向けイベントは山ほどあります。会社勤めしているより、大学生の方が出会いの場は圧倒的に多いのではないでしょうか。コネクションの国アメリカ。いろんな人とたくさん出会えるのは重要ではないかと予想します。

文化・考え方の違いを事前に勉強できて良かった
単に日常生活のことを言っているのではなく、ソフトウェアプロジェクトや研究を進める上で、いろいろな国から来ている留学生やプロフェッショナルと一緒に仕事したことで、考え方の違いや、反対に思ったより違いがない事がわかったり、とても良い勉強になりました。また、そういった違いを受け入れる、あるいはあまり気にせず流す心構えができてきたように思います。これから就職して会社で仕事する上で、とても役に立つだろうと思います。

アメリカでの貧乏学生は苦痛
ご存知のように、アメリカにおける学費高騰、医療費高騰、健康保険の問題は、貧乏学生にはつら過ぎです。まして、養う家族がいる私にとっては精神的拷問でした。リサーチアシスタントとして大学からお給料をいただき学費ほぼ全額免除でしたが、あくまでも独身の留学生であれば何とかやっている金額。日本で会社に勤めていた頃にこつこつ貯めた貯金を切り崩しながら、この不景気で卒業後に就職できるのかという不安の毎日。頑張って勉強する/就職活動することが、僕の気持ちを落ち着かせていました。言い換えると、週末に心の底から休むことができなかったような気がします。正直、妻子ある方のアメリカ自費留学はお勧めできません。(苦笑)

感想のまとめ
以上をまとめると、個人的な意見としては、独身であれば「アメリカの就労ビザが欲しければ留学せよ」に強く賛成です。上記のように、最終的に会社に就職して仕事をする上で、留学はとても良い準備期間になりますし、何よりもOPTが就職活動上とても有利に働きます。また、出会いの場がとても多い大学、違う色の目をした運命の人と出会えるかも!?

一方、私のように妻子のある方は、、、相当の覚悟が必要です!
でも、とても苦痛だった分、就職が決まったときのあの瞬間は言葉で表現できないくらい最高です。


2010年4月14日水曜日

米国大学卒業後の就職支援制度:OPT

米国における外国人が米国に滞在しながら会社で仕事をするには、就労ビザH1Bの取得が必要になります。前回のエントリでご紹介したように、H1Bを取得するのは以下のように一般にとても大変です。
  • 1年間に認可されるH1Bビザ数は制限されている
  • 就職先となる会社はビザ申請に10数万円の負担と手間がかかる
  • 4月に申請して認可が降りるのは一般に10月、と時間がかかる
上記に加え、H1Bを申請するには何よりもまず、就職する会社が決まっていなければなりません。また、外国人を雇う会社側の立場になってみると、上記のようなコストや手間をかけてでも雇いたい、と思わなければなりません。以上のように、外国人が米国で就職するのは基本的に大変なことだと言えると思います。

そのような状況の中、米国大学を卒業する留学生にとって上記のような就職の壁をだいぶ下げてくれる制度があります。それがOPT (Optional Practical Training) というものです。

OPT(Optional Practical Training)とは
学生ビザF-1で米国に滞在し大学を卒業した後、F-1ビザのまま米国において就業経験を積むことができる、学生向け教育プログラムだと理解しています。OPTには主に以下のような条件があります。
  • 大学で学んだ分野に関連する仕事をしなければならない。私の場合、Software Engineeringを学んでいるので、ソフトウェアに関する仕事をする必要があります。
  • お給料がないボランティアでもOK
  • Bachelor取得後1年間、Master取得後1年間、PhD取得後1年間、OPTを申請することができる
  • 理系の学部学科卒業生に限り、上記の期間に加え17ヶ月OPTを延長できる(!)
  • 卒業後、就職先が見つかっていなくても、延べ3ヶ月米国に滞在できる(OPT期間中に退職すると、就職していない期間のカウントが再開され、再就職するとそのカウントが止まります。延べ3ヶ月になってしまうと米国に滞在できなくなる、というわけです。)
  • ちょっとしたフライングが可能。例えば、通常のコース履修が完了しあとは修士論文残すのみ、という状況になったらOPTに申し込み就職して仕事しながら修士論文に取り組むことが可能。
  • OPT期間終了後、60日間の猶予期間があり、その間はもう働くことはできないが、米国に滞在し帰り支度をするなり、新しい大学に入学するなり、することができる
ちなみに、OPTを申し込むには$340必要です。貧乏学生にはかなり痛いです。就職先が決まっていて収入が見込まれる場合には良いでしょうが、まずは卒業(修士論文等)に専念し、卒業してから3ヶ月以内に就職活動をして就職先を決める、というちょっと無謀な計画をする留学生もたくさんいるとかいないとか。。。。

OPTの後
もうおわかりだと思いますが、留学生がOPTに申し込む理由は、後にH1Bビザを取得するためです。再度、外国人を雇う会社側の立場になって考えてみると、OPT期間中の留学生であれば、H1Bビザの認可が下りるまで就労開始日を遅らせる必要がありませんし、コストをかけてH1Bを申請する前にお試し雇用ができる、というメリットもあります。また、H1Bを申請したが年間の認可数上限にひっかかった場合でも、次年度に再申請することもできます。なんと、OPT期間中にH1Bを申請後は、H1Bが認可される10月までにOPT期間が終了しても「H1B申請中」ということで米国に滞在し続けることが可能だそうです。以上のように、雇う会社側にとってもリスクを低減できます。

渡辺千賀さんのブログエントリ「アメリカの就労ビザが欲しければ留学せよ」の理由は、このOPT制度にあります。私はまさに、この助言をそのまま実行したことになりますね。